シリーズケアコラボの視点
その情報、本当に届いていますか? ーケアの現場で起きている「伝言ゲーム」と、紙・メモ・ホワイトボードの限界
突然ですが、「伝言ゲーム」で遊んだことはありますか?
最初の人が囁いた一言が、何人かを経て最後の人に届くころには、まったく違う言葉になっている。
けれど、ケアの現場で同じことが起きているとしたら…?
「言った/言わない」「ノートに書いたはず」「ホワイトボードに書いてあったのに見ていなかった」。
シフトが変わるたび、スタッフが変わるたび、家族に説明するたびに繰り返されるこの会話。
このような場面が積み重なると、ご利用者の安全と、スタッフの心が、静かに削られていく気がします。
本稿では、心理学・脳科学の研究と、厚生労働省などの実態調査をもとに、紙・メモ・ホワイトボードを中心としたアナログな情報共有が抱える「構造的な限界」と、ご利用者ごとのタイムラインで情報を共有するデジタルな仕組みについてを、できるだけフェアに整理してみます。
最初にお断りしておくと、この記事は「アナログが悪い/デジタルが偉い」という話ではありません。構造的に難しいことは何で、仕組みで解けることは何か、を見つめ直すための材料と受け取っていただけると幸いです。

1. 「人間は正確に伝えられる生き物ではない」という事実
まず押さえておきたいのは、伝言ゲームのような現象は、「現場の努力不足」の話ではない、ということです。
米ノースウェスタン大学医学部の研究チームは、人間が出来事を思い出すたびに、脳の神経ネットワークそのものが変化し、その後の想起内容を書き換えていく現象を実験で示しました。
過去の出来事を思い返すとき、思い出すのは「最初の出来事」ではなく、「前回思い出したときの記憶」になっていく。研究に参加した全員に、この事象が確認されたといいます。1 2
つまり、人間の記憶は、思い出されるたびに少しずつ変形していくものだということ。
伝言ゲームと同じ構造を、人間の脳そのものが持っているのです。
加えて、自分にとって都合の悪い情報は無意識のうちに弱められ、強調したい情報は誇張される、というバイアスも働きます。
「申し送りでうまく伝わらなかった」のは、誰かのサボりでも、誰かの能力不足でもなく、人間という生き物の「仕様」です。
だからこそ、記憶や発せられる言葉にだけ頼った情報共有は、構造的に劣化していってしまう…努力では埋まらない部分があるのです。

2. ケアの現場でも、同じことが起きている
「人間の仕様」の話が、ケアの現場でどう現れるか。
厚労省の調査報告のなかには、痛ましい事例がいくつも収められています。
たとえば、ある施設で前日の日中、ご利用者にふらつきが見られ、「日中は見守りを強化する」という指示が出ていました。しかし夜勤スタッフへの申し送りで、この情報が十分に共有されず、夜間に転倒事故が起きてしまった。
これは厚生労働省の介護事故防止に関する調査研究事業の報告書にも記録されている、典型的な「情報伝達不足が引き起こした事故」のかたちです。3

公益財団法人介護労働安定センターが分析した介護事故276事例では、転倒・転落・滑落が65.6%、誤嚥・誤飲・むせこみが13%を占めています。4
これらの事故の背景には、「直前の体調の変化」や「注意して見守りをしてほしいという申し送り」などの情報が、必要な人に必要なタイミングで届いていなかったことが理由の1つとして挙げられます。

医療現場でも同じ傾向が見られます。
医療事故の報告事例の分析によると、連絡・伝達ミスが医療事故の主要な背景要因の一つとなっています。
情報伝達の問題は、「送り手側の情報の曖昧さ」と「受け手側の誤った解釈」の両方から生まれる。
この構造は、医療も介護も変わりません。
「人が間違える」のではなく、「人が間違えやすい仕組み」のなかで毎日のケアが回っている。
このような現状があるのではないでしょうか。

3. 紙・メモ・ホワイトボード ― アナログ三種の構造的な限界
では、現場で最も使われているアナログな情報共有手段は、なぜ”情報を伝えるという部分”が弱いのか。3つの軸で整理してみます。
① 書き手によって情報量や内容が変わる
紙のノートも、付箋メモも、ホワイトボードも、「誰が書くか」によって粒度が大きく変わります。
経験のあるベテランスタッフはご利用者の小さな変化まで書き残せても、入職して間もないスタッフには何を残せばよいかの判断軸がまだありません。
結果として、同じ施設のなかで「情報の濃さ」がスタッフごとに異なってしまいます。現場の分析記事でも、「経験不足による記録のばらつき」「人によって書き方や伝達情報が異なる」点が共通の課題として指摘されています。5 6
② 場所と時間に限界がある
紙のノートは、その場にいる人にしか確認されません。ホワイトボードは、それを見る習慣がある人にしか目に入りません。
夜勤スタッフから日勤スタッフへの引き継ぎでは数時間の空白が生まれますし、訪問先や別フロアにいるスタッフ、そして家族にはこちらからアクションを起こさなければそもそも届きません。
情報は「同じ空間と同じ時間にいる人だけ」のものになりがちです。
③ 検索ができない・履歴をすぐ見つけることができない
「前回いつから様子が違ったのか」「先月の通院記録はどうだったか」。こうしたものを確認するには、ノートを一枚一枚めくって探し出すしかありません。ホワイトボードは上書きで前の情報が消えていきます。
情報が「紙の束」と「その場限りのボード」に分散しているため、申し送りや家族への説明、サービス担当者会議の準備に膨大な手間がかかります。ホワイトボードについては「書き忘れ防止が難しく、人によって書き方が異なる」といった指摘が、現場分析の記事に繰り返し登場します。7
アナログだからこそ生まれてきた良さもあるはずです。
例えば、送迎スケジュールやちょっとした伝言などは、色の付箋とホワイトボードで共有されている法人さんも多いです。
しかし、「全員に・正確に・残るかたちで」届けるという目的に対しては、構造的に苦手なツールだと言わざるを得ません。

4. アナログとデジタルを、4つの軸で比較してみる
少し視点を上げて、アナログとデジタルを比較してみましょう。

ここでわかるのは、「アナログは時代遅れ」ではなく、「アナログには得意なこと(手書きの温度、現場の即興性)と、苦手なこと(正確性・速度・範囲・検索性)がはっきり分かれている」ということです。
苦手な部分まで人の頑張りで埋めようとすると、現場が疲弊し、ご利用者の安全にしわ寄せがいってしまいます。

5. データが示す、「デジタル化で何が変わるのか」
ここからは数字の話です。
厚生労働省の介護分野のICT活用に関する検討資料では、ICTを導入した事業所のおよそ90.3%が「間接業務の時間を減らせた」と回答しており、削減できた時間は「直接ケアの充実」と「残業削減」に充てられたと整理されています。8
ケアコラボの導入法人の事例でも、転記作業の削減により、月50時間以上の業務時間を削減した事例(有限会社聖さま)や、1人あたり1日30分の記録業務の削減をして、年間約281万円のコストを削減した事例(社会福祉法人チハヤ会さま)、時間外労働が約半分に削減された事例(社会福祉法人周陽福祉会さま)などの事例があります。9

多職種連携でも、ケアコラボを活用したことで、看護師や多職種が現地へ行く手間をなくし、毎日約1時間の時間を削減した事例(社会福祉法人 信和会さま)や、問い合わせの電話対応をなくし、業務効率を大幅に向上させたケース(株式会社 hareruyaさま)があります。10
ケアマネジャーの業務でも、ICT活用により事務作業時間が20〜40%削減され、その分を利用者と向き合う時間に振り替えられています。11
そして、現場でも変化が大きいことが調査でわかっています。
介護労働安定センターの調査などをもとにした業界全体の傾向として、ICTを導入した事業所の約88〜90%が「情報共有がしやすくなった」と回答しています。12
デジタル化によるメリットは「時間が浮く」だけではありません。
浮いた時間が、ご利用者の前に座る時間、スタッフ同士が顔を見て話す時間、ご家族に丁寧に説明する時間に置き換わっていく。
これがデジタル化の本当の効果だと言えそうです。

6. 「ご利用者ごとのタイムライン」という発想
ここからは、ケアコラボが大事にしている考え方の話をさせてください。
多くの記録ツールは、「業務」を軸にしています。
例えば、記録は業務に応じて、介護記録、申し送りノート、ホワイトボード、服薬管理表ごとに管理されます。
これは管理する側にとっては効率的ですが、現場で「○○さんに何があったか」を追いかけるには、毎回別々の場所から情報をかき集めることになります。
ケアコラボは、この記録方法を反転させました。ご利用者一人ひとりにタイムラインがあり、その人にまつわるすべての出来事が時系列で並んでいきます。主役はご利用者です。


この発想がもたらすものは、3つに整理できます。
一つ目は、「伝言ゲームが”構造的に発生しない”こと」です。
ケアコラボで書かれた記録は、リアルタイムで関係者全員のタイムラインに同じ形で並びます。
誰かが要約して伝え直す必要も、ホワイトボードに転記し直す必要もありません。
二つ目は、「新人もベテランも、同じ情報量からスタートできること」です。
ご利用者ごとのタイムラインをさかのぼることで、入職したばかりのスタッフであっても、「ここ数ヶ月、どのような日々を過ごされてきたか」という物語を瞬時に把握できます。
経験差を、人の記憶力ではなく仕組みで埋められる、ということです。
三つ目は、「ケアの輪が広がること」です。
多職種、管理者、そして同意のもとで家族も同じ場に入れます。医療界で標準化されつつあるSBAR(状況・背景・評価・提案)のように、構造化された情報共有を、現場の自然な書き込みのなかで実現していけます。13

7. まとめ ー「言った/言わない」を、現場から終わらせる
人間は、正確に伝えるのが苦手な生き物です。これは脳の研究が示すとおりです。
ケアの現場で起きる「伝言ゲーム」は、誰かのミスではなく、仕組みの限界が表に出てきた現象です。
紙やホワイトボードは、現場を長年支えてきた大切なツールですが、「全員に・正確に・残るかたちで・タイムリーに」情報を届ける、という目的に対しては構造的に苦手な部分があります。
また、それはご利用者の安全にも直結します。
一方で、ご利用者ごとのタイムラインで情報を共有する仕組みは、業務時間の削減(月50時間以上の業務時間を削減など)と、ケアの質の向上(職員同士が話す時間が増える、ご家族との温かな関係性が生まれる)の両方を、同時に実現できることが、事例からもわかります。
伝言ゲームは、なくすことができます。
例えば最初の一歩として、申し送りの中で「人の記憶や口頭に依存している部分」を書き出してみるのはいかがでしょうか。
そこに伝言ゲームをなくしていくヒントが見つかるかもしれません。
出典・参考資料
- Northwestern Medicine, “Your Memory is like the Telephone Game” (2012). https://news.feinberg.northwestern.edu/2012/09/19/memory_telephone_game/ ↩
- ScienceDaily, “Your memory is like the telephone game, altered with each retelling” (2012). https://www.sciencedaily.com/releases/2012/09/120919125736.htm ↩
- 厚生労働省「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業 報告書」https://www.kaigo-center.or.jp/content/files/report/h30_kaigojiko_houkoku_20180402.pdf ↩
- 公益財団法人介護労働安定センター(2018年3月発表)介護事故276事例分析。 ↩
- ケアベース「介護現場の申し送りミスを防ぐ5つの実践テクニック」 https://carebase.willgroup.co.jp/column/610/ ↩
- しえのわ「介護現場での情報共有の大切さとは?課題点や効率化できる方法」https://shienowa.jp/column/care-information-sharing/ ↩
- スマート介護「介護施設・介護現場では情報共有が重要!課題や効率化するための方法」https://www.smartkaigo.jp/contents/sk-hiroba/media00006.php ↩
- 厚生労働省「介護事業所におけるICT機器・ソフトウェア導入に関する手引き」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001276275.pdf ↩
- ケアコラボ 導入事例より https://page.carecollabo.jp/case/ ↩
- 同上(ケアコラボ 導入事例より)。 ↩
- 介護サービス事業における生産性向上(業務改善)に資するガイドライン。https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001545563.pdf ↩
- ICT導入支援事業 令和3年度 導入効果報告取りまとめ。https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001124036.pdf ↩
- SBAR(Situation-Background-Assessment-Recommendation)に関する解説と研究。https://www.jove.com/ja/science-education/v/13516/sbar-i-understanding-the-concept /東京医療保健大学紀要 https://www.thcu.ac.jp/research/pdf/bulletin/bulletin10_07.pdf ↩